【南信州の方限定】3/21 南信州・中世の名族探訪シリーズ⑦宮崎氏~紀州藩2代藩主・徳川光貞の側室を輩出した伊那谷の材木奉行~

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~ふるさと再発見の旅~ ツアー№29
地元ガイドがご案内しますので、知っているようで知らなかった南信州の魅力を発見できます!

南信州・中世の名族探訪シリーズ⑦ 宮崎氏 専門ガイド同行
~紀州藩2代藩主・徳川光貞の側室を輩出した伊那谷の材木奉行~

宮崎氏は日向国宮崎庄(宮崎県)の出身で、平安末期に越中国に移り、木曽義仲に属したと
いわれます。戦国時代は甲斐武田氏に仕えて座光寺宮崎の地に移り、下條氏に属して阿智地域を
治めました。武田氏滅亡後、宮崎氏は徳川家康の家臣となり、向関・上町・下町・中関の各家に
分かれ伊那谷の材木奉行として幕府を支えました。また宮崎氏は、徳川家康の二人の側室や
紀州藩2代藩主・徳川光貞の側室である真如院(4代藩主徳川頼職の生母)など特筆すべき女性を
輩出しています。

 

 

 

 

 

~宮崎氏館跡~
宮崎氏は、日向国宮崎庄の出身で、平安末期に越中国に移り、「宮崎城」(富山県朝日町)を構築し
木曽義仲に属したといわれます。戦国時代は甲斐武田氏に仕えて現在の飯田市座光寺宮崎周辺を拠点に
勢力を伸ばしました。上街道沿いには、古い石垣が残されており宮崎氏の館跡と伝えられています。


 

 

 

 

~浄久寺~
浄久寺は、上町・下町宮崎氏の菩薩寺で宮崎氏の墓所があります。また、宮崎氏は徳川家康の二人の
側室、また紀州藩2代藩主・徳川光貞の側室で4代藩主・徳川頼職の生母である真如院など特筆すべき
女性を輩出しており、今回ゆかりの貴重な宝物を特別にご覧いただきます。

 

 

 

 

 

~宗圓寺~
宗圓寺は、現在の阿智村の各所に4家に分かれた宮崎氏の中で、惣領家にあたる向関宮崎氏の
菩薩寺です。境内には向関宮崎氏の墓所(五輪塔や宝篋印塔)があり、境内からは南アルプスの
雄大な眺めが見事です。


 

 

 

 

~向関宮崎氏館跡~
宗圓寺の下方の田園地帯の一角には向関宮崎氏の館跡があります。田園風景の中に館跡の石垣が
少し残っており、隣接して向関宮崎氏の家老であった平野家の屋敷があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~中関宮崎氏館跡~
徳川家の旗本となった宮崎氏は、江戸初期に向関、上町、下町、中関の4家に分かれますが、
他の徳川家の士官をやめ帰農し、庄屋として幕末まで続いた宮崎氏がありました。
その屋敷跡は整備され、屋敷跡の中心には見事な「中関の大杉」が樹立しています。

パンフレットはこちら→南信州ふるさと再発見の旅(№28~30)

日 時
2022年3月21日(月・祝) りんごの里発着 日帰り

 

旅行代金
15,000円(お一人様・税込)

 

定 員
15名(最小催行人数10名) 小型バス利用

行 程
りんごの里(8:20)→宮崎氏館跡(座光寺宮崎)→駒場区自治会館(宮崎氏に関する講話)→
浄久寺→(宮崎氏墓所と紀州徳川家拝領の長柄三種)→きたせんと(昼食)→
安布知神社(宮崎氏寄進の本殿※県宝)→宗圓寺(向関宮崎氏菩薩寺)→向関宮崎氏館跡→
中関宮崎氏館跡・中関の大杉→りんごの里(17:00)

お申込み
令和4年3月5日(土)までに、南信州観光公社のFAX・ホームページからお申込みください。
※先着順

 

お問い合わせ
㈱南信州観光公社
住所:長野県飯田市育良町1-2-1(りんごの里内)
TEL:0265-28-1747
FAX:0265-25-1748
HP:https://www.mstb.jp/

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